「網膜」とは目の内側にあるうすい膜組織で、光を感じてこれを電気信号に変える大切な役割をしています。
この網膜の一部が破れて「網膜裂孔」や「網膜円孔」という孔があくと、そこから網膜は剥がれ始めます。
これを「網膜剥離」、特に「裂孔原性網膜剥離」といいます。
眼球内にはゼリー状組織(硝子体)がありますが、一部網膜との癒着が強いところがあります。
網膜裂孔ができるのは、加齢や眼球運動、打撲により硝子体が動き、癒着部分に力がかかって網膜が裂けるからです。
ですから、目の使い方や生活習慣などはこの病気と全く関係ありません。
また、近視の強い場合などでは網膜にうすい部分があり、そこに孔ができることもあります。
その他、若年者では、アトピー性皮膚炎や未熟児網膜症、家族性滲出性硝子体網膜症などに合併する網膜剥離がありますが、いずれも難治で、複数回の手術を必要とすることが多いです。
いったん網膜に孔があくと、自然に治ることはありません。
間もなく眼球の中にある水分(液化した硝子体)が網膜裂孔を通って網膜の後ろ側へ流れ込み、網膜は剥がれ始めます。
いったん剥がれ始めた網膜はどんどん剥がれ続け、最終的には網膜全体が剥がれてしまいます。
これを網膜全剥離といい、完全に失明します。
網膜裂孔や網膜剥離に痛みはありません。
網膜に裂孔ができると目の中に細かい出血や色素が散らばるので、その影が眼底に映って蚊が飛んでいるように見えることがあります(飛蚊症)。
網膜剥離が進行すると、その部分がグレーあるいは黒いベールが広がるように見えなくなってきます(視野欠損)。
網膜剥離に大きな出血を伴うと、目の前が暗くくもって見えなくなります。
網膜剥離の進行は、10〜20歳代の若年者では比較的遅く、数週間から数ヵ月を要します。
しかし中年以降の網膜剥離は硝子体の液化が進んでいるので進行が早く、1週間以内に視野欠損が広がってしまうことも珍しくありません。
裂孔原性網膜剥離の治療は、レーザー治療と手術です。
網膜裂孔ができて間もない時期で、そのまわりの網膜剥離がまだ限局している場合には、網膜剥離部分を囲むようにレーザー治療を行えば網膜剥離の進行を止めることができます。
しかし、レーザー治療で食い止められる網膜剥離は少なく、多くは手術が必要です。
網膜剥離が広がらないようにするには、網膜剥離の原因である網膜裂孔のまわりの網膜を、レーザー光線で熱凝固します。これがレーザー治療です。
熱凝固をして1~2週間経過すると、網膜はその下の網膜色素上皮に癒着して、剥がれないようになります。
レーザー治療の最大のメリットは入院や手術が不要なことです。しかし網膜剥離が拡大したときには、次に述べる手術が必要になります。
網膜剥離の拡大は、レーザー後1~2週間以内がハイリスクです。その間は安静にして、網膜に余計な牽引力がかからないようにすべきです。
なおレーザー治療の手技料は、約16万円(自己負担はその1~3割)です。
網膜剥離に対する手術の多くは硝子体手術です。硝子体手術とは、目の中のゼリー状組織である硝子体を切除する手術です。
中年以降に発症する網膜剥離は、硝子体と網膜の癒着が原因となっているので、この手術が適当です。
硝子体手術では網膜に癒着している硝子体をすべて取り除き、網膜の下に潜入した水分(網膜下液)を吸引除去します。
そして眼内に空気やガスを入れて網膜をその下にある網膜色素上皮に密着させ、網膜裂孔の周囲をレーザーで熱凝固します。
この手術の後は1~2週間程度の「うつぶせ安静」もしくは特定の姿勢の保持が必要です。
眼内に注入したガスは2週間程度で自然に吸収されてなくなりますので、ガスを抜く手術は必要ありません。
近年では技術の進歩と臨床研究の成果により、術後のうつぶせ安静の期間は短縮され、また、うつぶせ安静を必ずしも必要としなくなってきました。
網膜剥離に対する硝子体手術は白内障手術を同時に行う必要があります。したがって、手術後の見え方(ピント、色、明るさなど)は、網膜剥離が生じる前と大きく異なります。
30歳くらいまでの若い人に生じる網膜剥離の多くは、先に述べた網膜裂孔とは異なり、もともと網膜に「網膜格子状変性」と呼ばれる弱い部分があって、この中に小さな孔(網膜円孔、もしくは萎縮性円孔)があくことによって網膜剥離が起こります。
この場合は硝子体手術ではなく、「強膜バックリング手術」を行います。
強膜バックリング手術は、眼球の外側からシリコンでできたスポンジを縫い着けて、網膜円孔を外から押さえつけるという手術です。
その際、網膜円孔の周囲を冷凍凝固します。
冷凍凝固をすると、レーザー凝固と同じように網膜はその下の網膜色素上皮と癒着して作り、円孔を閉じることができます。
スポンジと同時にシリコンでできた細いバンドを眼球に巻くこともあります(輪状締結)。
輪状締結を併用するかどうかは、網膜剥離の状態により 術者が判断します。
網膜下液が多い場合には、眼球の外から網膜下液を排出します(排液)。手術のあとは安静が重要です。
冷凍凝固の場合もレーザー治療と同じで、網膜がきちんと癒着するのに1~2週間程度必要です。
いったん縫い着けたシリコンスポンジやシリコンバンドは基本的に一生除去する必要はありません。
この手術の最大のメリットは眼内にメスを入れないことです。そのため、眼内炎などの重篤な合併症の危険性がほとんどありません。
さらに、基本的にガスを入れませんので、術後にうつぶせなど特殊な姿勢保持の必要がなく、比較的早期に社会復帰ができます。白内障手術も必要ありません。
この手術の欠点は、眼球が変形するので近視や乱視が増加し、術後の裸眼視力は悪くなります。
また時に眼球の周囲組織が癒着して眼球の動きが悪くなり、ものが二重に見えるようになったり(複視)、縫い着けたシリコンスポンジに細菌感染が起こったり、縫い着けたシリコンスポンジが術後に露出してくることがごくまれにあります。
複視や感染の場合は、シリコンスポンジを取り除く手術をします。
感染の場合は、自覚症状として痛みや充血、眼脂が出てきますので、早めに眼科受診をしてください。
特殊な網膜剥離でなければ手術の成功率は90%程度です。すなわち10%程度は再発します。
再発した場合には、再手術が必要です。再発の多くは術後1~2ヵ月以内です。
時に手術後数ヵ月~数年経過してから網膜剥離が再発することがあります。
再発を繰り返す網膜剥離には、ガスのかわりにシリコンオイルを眼内に注入することがあります。
この場合は、数週間~数ヵ月後に再手術をしてシリコンオイルを抜きます。
かつて網膜剥離は難治性疾患とされていました。
今でも最後に列挙するような治療が困難な網膜剥離は存在しますが、通常の網膜剥離の視力予後は医学の進歩により改善しています。
発症後数週以内に手術をすれば、矯正視力は1.0近くまで改善することがあります。
しかし術後視力には個人差があり、ものが波打って見える現象(変視)は多少残ることが多いです。
一般的に発症してから時間の経過した網膜剥離は再発しやすく、視力予後は不良です。
また、網膜剥離の術後には、黄斑円孔や網膜上膜(黄斑前膜)などの合併症を生じることがあります。
その場合は病気の程度により改めて手術が必要になります。