糖尿病にかかって長い年月がたつと、体のあちこちに障害が起こってきます(合併症)。
その中で、「糖尿病腎症」、「糖尿病神経障害」、そして「糖尿病網膜症」を糖尿病の3大合併症といいます。
「糖尿病網膜症」は、わが国における成人の失明原因の上位を占める病気です。ここでは糖尿病網膜症についてお話しします。
眼球の奥には「網膜」という光を感じる膜組織がありますが、糖尿病にかかると、この 「網膜」に出血が起こったりむくんだりして、視力が落ち、進行すると失明してしまいます。これを「糖尿病網膜症」といいます。
糖尿病にかかっても、すぐに糖尿病網膜症が発症するわけではなく、通常は10年程度かかります。
逆にいえば、糖尿病網膜症があれば、糖尿病が始まってすでに10年以上経過しているということです。糖尿病網膜症は、いくつかのステージに分けられます。
糖尿病はあるのですが、網膜には見かけ上の異常はありません。自覚症状もありません。
小さな出血や、限局したしみが現れます。糖尿病が始まって10年程度でこの段階となります。
この段階までなら、血糖コントロールで網膜症の改善は可能です。自覚症状はありませんが、黄斑浮腫が生じると難治性の視力低下を起こします。
やや大きな出血があり、網膜の血のめぐりが悪くなっている部分があります。この段階になると血糖コントロールだけでは網膜症は治りません。レーザー治療が必要です。
レーザー治療を受けずに放置すると、最終段階である「増殖糖尿病網膜症」に入ります。
前増殖糖尿病網膜症の段階でもまだ自覚症状はありません。ただし、黄斑浮腫が生じると難治性の視力低下を起こします。
(黄斑浮腫の場合を除いて)この段階で初めて視力は低下します。網膜の酸素不足が著しくなり、眼内のあちこちに病的血管(新生血管)が生えてきます。
新生血管は破れやすく、目の中に大きな出血(硝子体出血)を起こしたり、膜組織を生じ、進むと網膜剥離が起こります。また、後に述べる「血管新生緑内障」という難治性の緑内障が発症します。
このステージではレーザー治療だけでは対処ができず、手術が必要で、放置すると失明します。
網膜の中央部を「黄斑」といいます。この部分に水がたまってむくんだ状態を「黄斑浮腫」といいます。視力が落ち、白くかすんで見えなくなります。
特に浮腫の範囲が広い「びまん性黄斑浮腫」という状態になると、視力は0.01以下に落ちることがあります。黄斑浮腫は、網膜症の中でも比較的初期段階の「単純糖尿病網膜症」に合併することもあるので、要注意です。
黄斑浮腫は良い治療法がなく、視力は元に戻りません。黄斑浮腫に対しては、レーザー治療や手術が行われてきましたが、その効果は限定的でした。
近年、抗VEGF治療の保険適用となり、視力はやや改善するようになりましたが、繰り返し注射が必要で、非常に高価です。
前増殖糖尿病のステージ以降では、網膜に血のめぐりが悪いところが多発するので、「レーザー治療」が必要です。
レーザー治療では網膜の血のめぐりの悪い部分を熱凝固して、糖尿病網膜症が進行することを予防します。もし前増殖糖尿病網膜症でレーザー治療をせずに放っておきますと、目の中に出血や膜が生じて手術が必要になります。
レーザー治療を行っても、糖尿病網膜症の進行を100%防ぐことはできません。しかし、レーザー治療を行うことにより、糖尿病網膜症の進行スピードは確実に下がります。
また、もし手術が必要になった場合にも、あらかじめレーザー治療が行われていれば、手術の成功率は格段に上昇します。
なお、レーザー治療は高額です(片目につき約16万円;保険適用)。「高額医療」に相当するので、一定の手続きをすれば医療費の一部が返還されることがあります。なお、高額医療の上限額は、年齢や所得により異なります。
入院は必要なく、外来で行います。治療に必要な時間は15〜30分くらいです。レーザー治療中はピカピカ光ってまぶしく、痛みがあります。
その日は、レーザーを受けた目はよく見えません。翌朝にはだいたい元通りになります。 レーザー治療の当日は、食事、入浴、飲酒などに制限はなく、通常どおりの生活で差し支えありません。
レーザー治療の合併症と限界には次のようなものがあります。いずれもリスクは糖尿病網膜症の状態によるので頻度は不定ですが、誰にでも起こりうる事象で、確実に予防することはできません。
黄斑浮腫はレーザーを行っても行わなくても発症する、やっかいな合併症です。
レーザー治療を行うと黄斑浮腫が悪化することがあります。場合によってはレーザーの翌日から視力が低下します。抗VEGF治療やステロイド治療を行いますが、効果は限定的です。
出血は突然起こり、かすみがかかって見えなくなります。通常、手術はすぐに必要ではありませんが、網膜剥離を伴う場合には手術を急ぎます。
広い範囲にわたって徹底的なレーザー治療を行ったときには、視野が狭くなったり、暗いところが見えにくくなったりします。
ですから、レーザー治療の後は、自動車運転は控えたほうがよいでしょう。また、暗いところでの業務に支障をきたすことがあります。
ただし、糖尿病網膜症そのものが夜盲をきたしますので、これはレーザー治療のせいばかりではありません。
網膜症が進行して、出血や網膜剥離を生じると手術(硝子体手術)が必要です。
糖尿病網膜症の発症と進行には、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)というタンパク質(糖タンパク)が深く関与していて、これをブロックする治療が「抗VEGF治療」です。
この治療は、21世紀に入ってから認可され普及した治療です。糖尿病網膜症では、以下の病態に対して抗VEGF治療が行われます。